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 ウエスタンBライン

VOL.7  騎兵隊

騎兵隊騎兵隊員 かし衣装はどうする?上着、ズボン、騎兵帽子、サスペンダー、階級章、長靴。騎兵帽子と階級章は、上野周辺で探せばある。長靴はブリティッシュで乗っていた人達のを借りることにして、問題は上着とズボン?上着は、紺色に統一するからメンバーに頼んで、白または紺色系の不要のシャツを提供して頂き、染めることにした。
 次はズボンだ。ズボンには黄色のラインを入れなければならない。ジーンズショップ、洋品店等に足を運び、やっとの思いで薄手の安いデニムのズボンを探しあて、いったん縫製をといて、黄色の布テープを縫い着けて騎兵隊のズボンに仕立て、どうにか手作りの衣装が完成した。
 ウエスタン(西部劇)らしくなってきた。騎兵隊、インデアン、カウボーイ、カウガール、そして女性のロングドレス、これが町内パレードのきっかけを作り出す。カーニバルの前日には、仲間を駅まで迎えに出かけたのだ。パレード仮装行列みたいだけれども、全員がその気になったもので、沿道や駅周辺が人で埋まったもんだよ。
 でもこれが大変。真夏の真っ昼間、インデアン役の人はいいよ、上半身裸だから、一番キツイと思ったのは、騎兵隊の隊長役、制服を着た上にマントを羽織るものだから、汗びっしょ濡れ、パレードが終わったとたん、全員が着替え。

 んな事もあったっけ。日曜日の昼下がり、昼食が終わって、皆が一段落しているとき、午後からの乗馬が始まるまで少し時間があったので、暇つぶしに考えたことがある。
「ボス、馬2、3頭貸してくれる」
「ああいいよ、何するんだ」
「それは内緒、見てのお楽しみ」
と勿体ぶって、仲間2、3人と一緒に、民宿の庭先から林の中に入っていった。列車強盗 カット
 その林の中から馬場沿いに一直線に走れる空き地があり、そこを列車と一緒に走るのだ。ただ走るのでは意味がない。西部劇に出てくる列車強盗を真似る、バンダナで覆面をして、列車が来るのを待った。もちろん、腰にはモデルガンをさげている。
 やがて、ゴーっと列車の音が近づいてきた。列車の先頭が見えたときに、覆面強盗カット
イヤァ〜」 
と奇声を発し、パンパンと銃を撃ちながら走りだしたものだから、乗客はビックリはするし、喜ぶし、これは受けた。 後に列車強盗がインデアンに変わり、小海線に乗ると、インデアンが現れるとの噂が広がり、TV、週刊誌のネタになった位だ。グッドアイディア。
 列車の運転手までが、この牧場に近づくとスピードダウンまでしてくれたそうです。我が国鉄職員としては、定時運転で動く列車に、遅れが出ないかと心配するほどでした。

 ベントに参加する回数も増えてきた。
 あれは確かある鉄道会社の運動場で行われた時の事だった。騎兵隊とインディアンの合戦場面で、騎兵隊5人、インディアン5人に別れ、騎兵隊がインディアンを追う。硝煙、土煙が立ちのぼるまでは良かったが、インディアン役は撃たれたら、馬から落ちなくてはならない。
 ところがだ、運動場なので地面は固い、落ち方によっては骨折も覚悟しなくてはならない、馬を止めてから落ちるのでは迫力に欠ける。
 俺の前を走る一騎が落ちた。ロディ インディアン
「ドスン!」という音と「ウッ」という呻き声が耳に入る。「痛そう」と思ったが、そんな  事を言っている場合じゃない。

 俺の番だ、鐙から足を外し落ちる体勢を作る。
「ドキューン」と発射音、
「あ〜ッ」
 体を反り返し馬の背に寝る形をとってから、馬の首をまたぐ恰好で落ちる。先に落ちたインディアン役のところに歩み寄って、
「すごい演技で迫力があったよ」
「馬鹿を言うなよ、一瞬息が止まって死ぬかと思った」だって。俺自身も肘や膝をすり剥いていた。
 そんなスタントマンまがいなこともやったが、危険もかえりみず、仲間が一緒になって一生懸命になって遊ぶ。

 「ス」がこんな話しをしてたことがあった。
 乗馬クラブの昼休み、一人の男が、馬場の中央に立ってピッチャーのしぐさをしたら、別の人が、馬場に走って行ってキャッチャーになった。するとそれを見ていた人達も一塁、二塁、三塁と、ポジションが埋まっていく、打者がバッターボックスに立つと、実況中継が始まるそうだ。

「ピッチャーふりかぶりました。第一球投げました、ストライク。第二球ふりかぶりま した。投げました、またもストライク。バッター追い込まれました。第三球ふりかぶ り投げました。打ったァァァ、が、サード、がっちり受け止め、一塁へ送球、アウト」

 誰かが、やろうと声をかけた訳でなし、一人の行動が連鎖的になっていく息のあった仲間。「ボス」の頭の中では“列をはみ出した迷い牛ランチ”も、そんなふうに構想を描いていたのかも。

 V映画のエキストラにも参加させてもらい、結構楽しい時間を過ごすことができた。

 た、何度か取材を受けた中で、こんなエピソードもあった。
 我々“列をはみ出した迷い牛ランチ”に集結し、遊び場を作った経過など、数人でインタビューを受けたときのこと、前々から「お前には訛りがある」と、言われ続けてきたが、本人だけは訛っていると思っていないから始末が悪い。

 ◯月◯日に放送されますので、と言われて、楽しみに待った。放送日は勤務でしたから職場のラジオで聴いた。
「ああ、この声は誰々、これはあの人」
いつまでたっても自分の声は出てこない。しかしまてよ、
「もしかして、あの訛りの声は俺なわけ、こんなに訛ってたなんて・・・」
 後日聞いた話だが、身体の中で聞こえる声と、一端、空気を通って耳に入る声は全然別人に聞こえるって。

 近ワープロなど練習してるが、打つときには、ハッキリ訛りが出てくるね。“必要”と打ちたいわけ、“しつよう”と打つから変換されない。
「このワープロは、壊れてる」
と、機械のせいにする。正しい日本語がしゃべれないのでは、英語は無理だね。

 うして「ハットの彼」との出逢い、“列をはみ出した迷い牛ランチ”の命名、ロディと名乗り、数多くの友人と出会った素晴らしい何年間を過ごせたことに感謝している。
 しかしながら、モデルガンの規制、西部劇の衰退などで、遊びも減少し、俺の出番が無くなって来た。
 長い旅路の果て、“列をはみ出した迷い牛ランチ”も、緑なる大地に落ちついたことだし、ロディの役目も終わった。
 戦友「ボス」に別れを告げて、俺自身の新天地(本物)を求め、一人、流浪の旅へと去って行くのであった・・・・。

                                      第一部    

                  第二部(VOL.8)へつづく  


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