俺のウエスタン人生バナー

 ウエスタンBライン

VOL.5  建 設

馬とロディからはみ出した迷い牛ランチ”と牧場名も決まり、早速看板作りに励んだ。板を焦がし、ワイヤブラッシで焦げをとって、サンドペーパーで磨く。文字は別の板を糸鋸で切り抜き、それを一つ一つ釘で打ちつけていくんだ。

 山(小淵沢)に行けない日には、自宅にて作業する。作業する事によって、いつも牧場にいる感覚が持ち続けられる、粗末な物だったが満足だった。一ヶ月位はかかったかなァ。仕上がったので、山に運んで入口に立てたのだ。そんなこんなで、一応遊び場が出来た。

 いつもの通り、ハットの彼の家で牧草を刈ったり、馬房を掃除しながら一日を過ごし、帰り支度をしていると、彼の奥さんが、

「明日は仕事なの?大事な話があるので帰るまで待っててくれないかと、先程連絡があったけれど如何でしょうか」

 明日は仕事ではあるが、午後からなので午前中に帰ればいいと思い、陽は落ち、満点の星空の下、焚き火をしながら待つ事にした。

「実は大事な話とは、我々が手作りの牧場を作っている噂が流れて、それを聞きつけた地主が土地を貸してくれるらしい。その人が今晩訪ねて来るので、一緒に話を聞いて欲しい。」

 通りすがりの観光客が、口込みで伝えてくれるのを期待していたが、地元の人が一番乗りとは予想もしていなかったが、それにしても早い、待って三年と思っていたから。

 やがて地主らしき親子がやって来た。話の内容を聞くと、農業、酪農、民宿を営んでいると言う。民宿は小海線の線路際でSLが走っていた時には、アマチュアカメラマンに大人気、庭から写せる好条件。しかし、SLの廃止と共に客足が遠のいてしまったと言う。何か客を呼べるものはないかと、思案していた時に、我々の噂を耳にしたそうだ。

「若い人達の発想と力を貸していただけるのなら、土地をお貸しして、活気あるものにしていきたいのだが。」

「私も、かねがね独立してやってみたいと思ってはいたが、貸して頂けるのなら、ここをウエスタン乗馬の発祥地、ウエスタンの町を作り、実際に生活ができる所、又、全国にも注目され、ゆくゆくは、各方面にこうした牧場ができれぱ、お互いの交流を深めて、馬で全国一周の旅の中継地として活用出来るのではないかと思っている」

「おいおい、そんな大きい事を言っちゃっていいの、たかが西部劇ゴッコではないか」

口には出さぬが、心の中ではそう思ったよ。

「彼はね、埼玉から、毎週位に此処に来るんですよ。こういう男達の為にも、実現したいですねェ」

 うして、夢、今後の方針など、夜の更けるのを忘れて語り合った。意見は合意した。後日、現地を視察する事にして、その夜は解散したのだった。ハットの彼が、俺の休みに合わせて現地を見る事にした。

 小海線と道路に挟まれた牧草地、なるほど庭先に線路があるみたいだ。道路際に作りかけた牛舎がある。この牛舎を生かして馬房を作り、南側にはクラブハウスを建てたらどうかと地主達と構想を練る。

「わしの親戚が大工なので、家を壊した廃材が貰えるし、真似事ながらも大工も出来るので」

「私も、前々から、ロッヂを作るとしたら使い古した電柱をと常々考えていたから、電柱なら防腐剤が塗ってあるので柱には最適、今、電柱換えの工事をしているので、連絡して譲ってもらえるか交渉してみましょう」

 堰をきった様に、話はどんどん進んで行った。今の俺に出来る事は、労働力でしかない。よし!やってやろうではないか

 あ!“列からはみ出した迷い牛ランチ”の建設だ。 ある時には、夜行列車に乗り込んで小淵沢駅に着く、人通りのない山道を現場までを歩き、列車に乗る時に買い込んだ、冷えきった駅弁を広げ、朝食を済ませた時もある。

 又、ある時には、ハットの彼の家まで行き、馬を借りて、腰にガンベルトを下げ、くるっと回してモデルガンを差し込む。サドルに着けたガンブーツに、ライフル銃を入れて馬に飛び乗り現場まで。

「俺、もしかしてジョン・ウェインか」そんな錯覚さえ覚えた。  一人の時は、一人で出来る仕事、古材の釘を抜き、使える物と燃やす物との仕分け、馬に話しかけながら仕事をする。たまにはハットの彼が顔を見せる時なんか、遠くから蹄の音が聞こえるので、物陰に隠れて待っていて背後から忍び寄り、ライフル銃のレバーを「カシャン」と起こして構える。

「おい、そこを動くな!何か用か。通りすがりなら早く出て行ってくれないか」

 西部劇ごっこして遊んだりして、いい大人がよ。だが異変が起こったのだ。彼の家に寄るたびに、彼が俺の来るのを待っているではないか、俺に合わせて休みでも取っているのかなァ、不思議に思ったので聞いてみたんだ。

「俺、乗馬クラブを辞めたんだよ。本腰を入れて、牧場作りに専念するよ。」

驚いたよ。安定した生活を捨てて、私財を投げてここまでやるか。この男は夢を実現しようとしている。

「俺はな、君が遠くからやって来て、たった一人で古材の釘を抜いたり、穴を掘ったりしているのを見ていて忍びないんだ、君だけにやらせていて、俺がのうのうと他の場所で働いている訳にはいかない、芋を食べながらでも一年位は暮らせる、俺の事は大丈夫だ。この手で夢を掴もうよ、此処をテンガロンハットで埋めつくそう、きっとその日が来る」

 俺はただ頷くだけで、それ以上何も聞けなかったし、言えなかった。俺、責任を感じちゃってさ、じっとしている訳にはいかない、何か役立つものはないかと考えた末、思いついたのが、使い古した枕木の活用だ。
フェンス カット

 枕木も電柱と同じに防腐剤が染み込んでいる、馬場柵の準備はまだしていない、長さも馬場柵にもって来いだ。今からでも遅くないと、職場に帰って上司に相談した。

「助役さん、古枕木って売ってくれるんですか?」
「保線区の持ち物だから、保線区に聞かないと何とも言えないが、何に使うの?何本くらい必要なの?」
「馬場柵を作るんで、100本く位欲しいのです」
「100本か、よし俺の弟が保線区の助役をしているから聞いてやる」
「お願いします」
連絡は後日という事で時が来るのを待つ。枕木は決まった。

 どうして運ぶかが問題だ。運送屋に頼んでもいいが、お金がない。仕方なく、実家の近くから通っている職場の後輩が、猟仲間でもある八百屋の友人に話をしてくれたところ、快く引き受けてもらい、ひとまず安心。数日後、上司からOKの連絡を受け保線区に伺い、話を聞く。

「古枕木でも、枕木は枕木。売れないが、キャンプファイヤーに使う木屑の名目でなら売れる。1キロ当たり1円で、一本を50キロに換算するので、それでいいかね」

「それで結構です。お願いします」
受け取りの日を決めて帰ってきた。

 当日保線区の職員に案内されて現場に着き、山と積み上げられた枕木、その中から使える物だけ選んで良いという事で、選別しながらトラックに積みこんで国道20号を小淵沢へと向かったのだ。

 昼頃到着する旨を、前もって連絡はしておいたから、ハットの彼が待っていて、あッという間に積み荷は降ろされ、我々は帰路に着いた。

 業柄、休みが決まっていないので、土、日の休日は月に一度貰える程度。たまに、土・日が休みになる時もある。そんな日に行くと、知らない人達が手伝いをしている。仲間が増えていることは知らなかった。(一般の会社の人は、土、日、祭日は休みでしょう)

ログハウス建設だから、彼(彼女)等、全員を知るまでに、半年以上はかかったよ。この人達は、ハットの彼が、以前、働いていた乗馬クラブの生徒さん達で、彼を慕って、こちらに移って来たのだそうだ。ウエスタンとは殆ど関係のない(ブリテッシュなので)男女が、彼の独立に協力してくれたのだろう、これも彼の人徳かな。 都会育ちのいいとこのお坊ちゃん・お嬢さんって感じの男女が、おそらく今までに、金槌や鋸など持った事も触った事もないだろうに、手に豆を作り、額に汗を滲ませ、泥まみれで穴を堀り、材木を担ぐ。

 屋根ふきするにしても、最初は、足元もおぼつかなかったのが、最後の方は、堂々と歩いていたね。大したもんだったよ。

                                VOL.6へつづく


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