俺のウエスタン人生バナー

 ウエスタンBライン

第三部 VOL.13 (No.2)    プライド

Memberになってから、いわゆる昔の仲間を何度かランチに連れて来た時もあった。私はこれからも以前以上に本当の意味でのウエスタンをやって行こうと思っていたからである。

ウエスタンの先輩、あのグループの人達はと、一目置かれた部分も確かにあったし、皆んなもそう思っていたのに違いない、だから誰もが馬に乗れるという自負を抱いていたのではないか。
又、山梨時代に加わった人達は、この先輩達と一緒に遊んでいられる事がウエスタンそのものだったかもしれない。

ブーツ イラストところがです、私と同様、誰一人としてまともに乗れた人はいなかった。出てくる言葉は、「あそこの馬は、暴走する馬だ」となる。親亀こけたら皆こけた、そして二度と足を運ぶことはなかった。
先輩としての面目、自尊心があるが故に心の奥深く傷を受けてしまった?
「俺たち本当に馬に乗れたのだろうか?乗れたと錯覚していたのでは」
そういう反省と日本ウエスタンを作ったんだというプライドがもしあったとしたならば、尚更挑戦してみてもよかっなアなんて俺は今でも思っている。

どうしてなんだろうと聞いた事がある。
「俺たちは、そこまでやろうとは思ってはいない、ただ馬に乗って楽しめればいいのだ、競技は嫌いだ」
と言われてしまえばそれまでだが。

それでも私は心のこりがあった。Cowboy達がBroncoに何度も振り落されるが、落とされながらも立ち上がり挑戦していく姿に置き換えれば、たとえ時間が掛かろうが後輩達は先輩達を敬い、私達が築いてきた歴史は残されていくはずだと信じている。
あの当時あれだけ熱き思いで語りあったウエスタン、やっと本物が出来る、憧れの
Quarter Horseに乗れる時代が訪れたのに、なぜ背を向けてしまったのか不思議でならない。

「なにが不思議か?だって」
西部劇映画が好き、C&W
(カントリー&ウエスタン)が好き、銃が好き、ウエスタンファッション好き、だからウエスタンという趣味を介して知り合った仲間、アメリカ西部の夢を追いRoping Teamまで作って遊んで来て、自分も含めて最終的に求めていたのが馬が上手に乗れることではなかったのか、それなのに本物と出会ったそのとたん・・・。

やはり俺はここでも“列をはみ出した迷い牛”なのか。仲間と一人緒に行動が出来ない“はぐれ者”結局現在馬に乗っているのは、あの当時の人達の中で私一人になってしまった。従って昔の仲間とは自然と疎遠になっていく、それで良しと思っているから私には現在があるのだ。

「でもさア偉そうに書いているけど、俺にも反省するものがあるんだ。西部劇映画は勿論好き、GUNも好き、それじゃC&Wはどうなんだ?と聞かれると考えてしまう。
乗馬や投げ縄と比べたらそれほど好きではなかったんですね。だからC&Wを聞きに行こうと誘われても腰が重い、聞いていないから話について行けない、C&Wを突き詰めようと言われたら逃げ出していたよ。仲間でいられる事が大事だから好きな振りをする、知ったか振りも辛いんだよウエスタンファッション(格好)は。現在のランチに所属してそれでよかったのは、俺の進むウエスタンがはっきりしたから」

技初出場の話をするが、その前に和製ウエスタン乗馬とウエスタン乗馬の違いは3ないとか。       
    馬場には蹄跡がない、部班がない、指揮者がいない。

このシリーズのなかで“ROWDY”の部分にも書きましたが、格好よくないのが部班運動。

ウエスタンで部班運動?俺には抵抗があった。私はウエスタン乗馬の初期時代から疑問に思ってはいたが、それを覆す知識も技術もなく、勉強をする人もなく全員が和製ウエスタンに酔っていたのです。

3ないを例えて言うならば自分の志望するRopingは、

牛には蹄跡は必要はない。部班を組んではRopeは回せない。指揮者の号令で牛を捕まえるのでない。

取って付けたようですが、これも3ない。自分の目で牛の動き見て馬を誘導していく。馬が勝手に牛を追い掛けるのでなくRiderの指示を待つ。(Ropingについては、渡米日記の中で書きます)

私は、益々ウエスタン乗馬が好きになりそうだ。
まだまだある。ウエスタン乗馬用語とでも言いましょうか、まずルーズレイン・ホースマンシップ・リスペクト・コミュニケーション・四つの扉・リリース・ジャーク・シート・タッチ&プッシュ・サークルなど、この用語一つひとつと、ウエスタン乗馬をやっていく中で、お付き合いしていくのだとはこの時点では分かっていなかった。

馬との会話?
「馬って何語を喋るの?馬語、アメリカから来たので英語?私しゃ英語は「
I don't know


競技初出場の話

技志向で入門したウエスタン乗馬、入門して2年目、1991年春に公式試合に初めて望むが、特訓を一ヵ月、と言っても毎日じゃないから約10鞍。

種目・REINING 試合当日、頭の中で経路(パターン)を繰り返し繰り返し踏むと同時に、心臓の鼓動は高鳴り、分刻みに緊張と喉の渇きが増してくる。体の震えはマグニチュード6.5、時間が経つにつれて待機馬場から選手が一人二人と減っていく。
「あと何人目」そんな事ばっかり考えているから、師匠のアドバイスもうわの空、生返事だけで焦点が定まらない。

いよいよ数千人のギャラリーが見守る中(本当は30人に満たない)馬場に一歩踏み入れた。体の震えがピタリと止まった。あとは矢でも鉄砲でも持ってこい。
緊張感が解けたかに思えたが勝負はそんなに甘くない。どんなパターン順序かは忘れたが、サークル・リードチェンジ・スピン・ロールバック・スライデングストップ・バックとかの演技、約2分の戦いであった。

自分では、まあまあ出来たと思ってホッとして、後はビールを渇ききった喉ごしに流し込むだけと戻ったら師匠に、
「スピンが一回足りなかったよ」
と言われガックリ!規定では4回まわるのを3回でやめってしまったのでなく、数えられなかったのだ。

緊張から開放され、ほろ酔い気分で、
「まッあんなものでしょう。始めてにしては上出来さ」
そんな事を思いながら本部席の並びに座ったらジャッジと目があった。

You、スピンを正確に回っていたらChampionよ」だって。

第三部 VOL.14(No.3)へつづく


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