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    VOL.78「シンプルな乗馬」


 2016年10月号

 今月のテーマは、シンプルライディングである。

 このテーマの前提は、乗馬が難解なものとして理解されているからである。

 我々は、乗馬が難解であるという自覚もなく取り組んでいるという実態があり、先ず、難解であるという理解に基づいてこれを分解分析して、シンプルな乗馬としての構成に辿り着かなくてはならない。

 乗馬が難解な理由は、ライダーの物理的力によって馬を動かすことができないということにある。脚によって馬を推進することはできないのである。原理原則として、馬が自らの肢を動かしてグランドと蹄の間に作用と反作用の現象を起こしてこそ、馬が動くのである。
 ライダーは、馬のメンタルをコントロールして、間接的に馬の動きをコントロールするというのが乗馬なのである。

 従って、ライダーに求められる素養は、通常のスポーツに求められる運動能力と馬とのコミュニケーション能力なのである。

 ライダーが騎乗中に、馬に対して強制力を持っているのは、馬の体勢(ポスチャー)を形成することである。体勢を形成することは、馬とライダーとで作る合成重心(Center of Gravity)の位置をコントロールすることであり、重心と4肢の位置関係は、馬の運動に大きな影響力を持つので、これをライダーがコントロールできるということは、馬の運動をライダーがコントロールする上で重大なファクターなのである。
 しかし、ライダーがどんなに強制力を以て馬の体勢を形成しようとも、馬が1歩踏み出すのは、馬自身がこれをするかしないことには変わりはない。

 一般的乗馬の常識として、後肢の踏み込みや推進を脚によって行えというものだ。人によっては脚での推進力を高めるために、筋トレをする人もいるくらいである。

  ライダーが持っている強制力は、前述したように馬の体勢を形成することで、馬体上で回転モーメントを作ることによってこれを成しているのであり、レインをピックアップする上方向への力とこれを支えるための支点であるシートの下方へ向かう力の二つで、馬の頭を左に後駆を右にして、馬体の左横から俯瞰したとき、右回転モーメントが生まれるのである。

 この回転モーメントによって、馬の頭と後肢は回転モーメントの中心へ向かうことになり、互いに近づくことになるのである。これを馬術用語では収縮(Collectコレクト)というのである。

 物体が動くためには、支点における力(支持力)と質量(重量)との相関関係で、重量が大きければ動き、支持力の方が大きければ動かないということで、重量に何らかの力が加われば、支持力を超える力となって物体が動くということになる。

 そこで、ライダーが回転モーメントによって馬を収縮させることができると、馬体を支えている支持力が最小限になるのである。支持力が最小値になるということは、少しの力を加えるか重心の移動を行えば、容易に支持力を超える重量になり馬が動くということになるのである。

 さて、回転モーメントに話を戻せば、レインをピックアップするところを作用点と定義すればシートは支点となり、作用点の力を加増すれば同時に支点の支持力は作用点と同量となるように加増される。

 つまり、脚だけの力で馬を推進するのではなく、推進力を発揮しやすくするためには、馬体を支える支持力を小さくすることであり、レインハンドと脚やシートの両方を駆使することによって行うべきことなのである。


 更には、作用点の力を大きくすれば、態々支点の力を大きくしようとする必要はないのである。何故なら、作用点と支点の力の大きさは同じになるからである。

 しかし、作用点の位置と支点の位置関係によって、回転モーメントの作用半径が変化し、この作用半径によって馬への影響力が違ってくる。作用点と支点との距離が遠くなれば、その分回転モーメントの作用半径が大きくなり、近くなれば回転モーメントの作用半径は小さくなるのである。

 この回転モーメントの作用半径に大きさは、馬に作用する影響力が、作用半径が大きければ大きくなり、小さければ小さくなる。つまり、作用半径と馬への影響力は正比例する。

 作用点と支点との距離は、一つは、ピックアップするレインハンドの向かう角度で、真上に向かえば支点との距離が最大に遠くなり、角度が小さくなれば支点との距離が近くなる。もう一つは、ライダーが前傾したり鐙に負重したりすれば、作用点との距離が近くなり、鐙に負重せず上体を直立すれば、作用点との距離は遠くなる。

 従って、回転モーメントの回転半径を大きくして馬への影響を大きくしたい場合は、できるだけレインハンドを真上にピックアップし、ライダーは鐙に負重せずシートへ極力体重を掛け上体を起こすことで(後傾してはならない。)、作用点と支点との距離を遠くでき、回転モーメントの作用半径を大きくできるので、馬のポスチャーを形成しやすくなるのである。

 もし、ライダーがレインをライダー自身の中心に向かって引いてしまえば、作用点の力と支点との力が直線上に位置することになり、回転モーメントは生まれないのである。

 回転モーメントをライダーが意識することで、レインハンドと脚やシートとの作用点と支点との相関関係を理解して、レインハンドとシートや脚とのコンビネーションによって馬のポスチャーを形成し、間接的に馬の動きをコントロールするようになるのである。

 そして、何よりもレインハンドの力が自然に支点の力を作ることに作用させることができるので、ライダーはレインハンドの角度とライダー自身の姿勢だけを気にすれば良いだけになるのである。
 そしてまた、レインハンドが真上に向かおうとすれば、ライダーが自然に上体を直立するように誘導されるのである。

 何よりも、この回転モーメントの有効性は、作用点における作用をライダーがどのように意識するかを決定付け、乗馬をシンプルなものへと変化させることができる点なのである。
 つまり、作用点のレインハンドのピックアップによる馬の反応である第1次リアクションは、ライダーが意識しがちな推進とか収縮とかでなく、馬の頭を持ち上げるということになることなのである。やっていることとその目的が単純化するんのである。

 レインをピックアップしているのだから馬の頭を持ち上げているのであり、馬の頭が持ち上がれば、このことがダイレクトな馬の反応(リアクション)であり、第1次リアクションなのだ。
 収縮や推進は、第2次・第3次リアクションなのである。

 ライダーが馬の第1次リアクションを目的に、扶助やキューイングすることが、シンプルな乗馬の第1歩なのである。

 ライダーが、馬の第1次リアクションを目的に、扶助やキューイングするためには、回転モーメントのことを理解しなくてはできないのである。

2016年9月21日
著者 土岐田 勘次郎


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